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文化としての女装

衣装のファッションは、起源的に多様である。性愛においても、同性愛や少年愛、少女愛が社会のある階層の人々のあいだでステイタスの条件として流行したことがある。早婚の意味の少女愛は、ファッションというより、実際的な必要性から生じた習慣とも言えるが、日本の平安盛期における『源氏物語』が伝えている光源氏の少女愛趣味は、これは一つのファッションであった可能性がある。

少年、青年、また成人男性が、強靱な精神と肉体を持ち、荒々しい言動や挙措であることが尚ばれる社会や時代があるが、他方で、女性的な男子が社会的に理想とされるような社会や時代の文化もある(日本の平安時代の貴族は、女性的であることが理想でもあった)。また奇異な行動や服装がもてはやされる時代もあり、女装やそれに類した行動様式が美しいとか望ましいとか考えられる文化のファッションも当然存在する。

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ここから「ファッションとしての女装」というものがまた考えられる。1960年代から70年代にかけて、フラワームーヴメントが欧米にはあったが、男性が女性的な身なりをすることが流行した。グラムロックやパンクファッションなどでも、男性が派手な衣装をし、ルージュを付けるなどがあった。これはヴィジュアル系と呼ばれるファッションにも通じている。またメンズ・スカートなども、ファッションとしての女装の面が強い可能性がある。

父権制社会が強固な原則を維持する場合、すべての指導的な役割は男性がこなすことになる。文化の次元でも同様な男性優位と男性独占が生じる場合、「女性の役割」を男性が演じねばならない事態が生まれることがある

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2009年11月27日 02:02に投稿されたエントリーのページです。

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